「ミルクの科学 − 牛乳の不当な評価 − 」 その2
※2週に亘って掲載しています。前回はこちら
【プロフィール】
にき りょうや
北海道大学農学部畜産学科卒業。
同大学大学院博士課程終了。
「カゼインミセルの構造と機能性」の研究で
平成7年に日本酪農科学会賞。
酪農学園大学客員教授、北海道大学名誉教授。
北海道在住。
 

【 牛乳は非常に優れた食品 】

 「牛乳は仔牛のためのもの、人間が飲むのは摂理に反する」という言い方もしています。牛乳は約6000年前以上から飲まれていたというようなことが色々なものに記されています。牛が食べる牧草は穀物の実らない寒い地域でも生えてくれます。そのお蔭で寒冷地でも牛を飼うことができ、我々に牛乳・乳製品が提供されるのです。牛乳乳製品をみると、脱脂乳から乳飲料、カッテージチーズ、脱脂粉乳ができ、乳脂肪からバター、アイスクリームができます。チーズも数百の種類があり、牛乳から多様な乳製品がつくられ、世界中の食卓を潤しています。牛乳は液状から半固体、固体まであらゆる形態の製品があり、非常に優れた食品であることがわかります。

 また、私たちは毎日、食物を食べなければ生きていけませ。食物連鎖の中で、力のある大きな動物は数多くいますが、人間は一番上にいます。これは牧畜や農業、漁業などで毎日コンスタントに食べ物を供給できるということがあると思います。牛乳の利用もその一環だと私は考えます。そうであるなら、仔牛のものである牛乳を飲むのは摂理に反する、という論法は通じないと思います。私は牛乳が仔牛にとってあらゆる点で完全食品だと思っています。しかし、人間には完全食品ではないということを皆さんに知っていただきたいと思います。牛乳は普通の食べ物であり、魚や野菜、肉と同じレベルで食品の一つというように考えてほしいと思います。

 

【 乳糖不耐症や加熱温度について 】

 著者はまた、乳糖不耐症についても取り上げています。乳糖不耐症の実験データを参考にして調べると、民族によって乳糖不耐症の発生率に違いがあるのがわかります。日本人やアジアの人は乳糖不耐症の比率が大きく、デンマークやフィンランド、それからアメリカでも白人は乳糖不耐症の発生率が低いです。これは、乳製品を多く消費したり、接する機会が多い民族が乳糖不耐症にかかる率が少ないというようなことを示しているといえます。乳糖不耐症の人は牛乳を小分けして飲んだり、乳糖の一部が分解されているヨーグルトやチーズを食べてはいかがでしょうか。牛乳は非常に栄養価があるので、是非飲んでいただきたいと考えています。

 一方、加熱・殺菌温度で牛乳乳製品に対しクレームなりバッシングが起きたりします。牛乳を販売する場合、消費者に衛生的で安全な牛乳を飲んでもらうため、殺菌して病原菌(有害)細菌を死滅させ、牛乳に含まれる酵素を失活させます。殺菌温度と殺菌時間の関係ですが、低温長時間殺菌の63℃か65℃で30分というのが牛乳殺菌の原点にあり、これで少なくとも病原菌は死滅します。牛乳以外の食品の料理の加熱温度を見ると、非常に高い温度でしかも長い時間かけています。「茹でる・蒸す」は100℃。「焼く・揚げる・炒める」は180〜250℃程度で数分から数十分間加熱します。牛乳以外の食品はこうした高温が許され、しかも長い時間をかけて高温にさらされます。しかし、牛乳はほかの食品と比べてずっと穏和な条件で加熱していても、高い温度で殺菌しているというクレームがつくわけです。牛乳が完全食品であるという前提をとると、わずかな変化でもいけないとバッシングを受けてしまいますが、ほかの食品と比べ過酷な条件で殺菌されていないことを、是非ご理解いただきたいものです。

 殺菌の影響に対する不当評価は乳清タンパク質の変性がいわれます。牛乳タンパク質は80%がカゼイン、20%が乳清タンパク質です。乳清タンパク質は加熱すると変性しますが、これで栄養価が下がるということはないのです。牛乳は完全食品だという前提に立つと、変わったというふうになるんですね。

 カルシウムの溶解度の問題もあります。牛乳のカルシウムにはリン酸とカルシウムが含まれ、3分の2はカゼインと結合していますが、残りは遊離しています。普通、化合物は温度が上がると溶解度が上がるのですが、カルシウムとリンの化合物であるリン酸カルシウムは逆に溶解度が下がります。それで見かけ上はイオン性のカルシウムが減り、「それも変わったのではないか」というチェックの対象になるわけです。これは低温で5〜6時間おくと元の状態に戻ります。決して、カルシウムの吸収を悪くするような変化ではありません。

 また、リジンと牛乳の中の乳糖が反応し、タンパク質に含まれるリジンの形が変わり、栄養価が下がったり、有害な物質ができるのではないかといわれます。現実にそういう反応の可能性のある物質があることは事実ですが、普通の殺菌条件では決して発ガン性物質が形成されるようなことはありません。

 仔牛の第4胃にある牛乳を固める酵素のレンネットの凝固性低下の問題の指摘では、直接に栄養価値に関係しないと考えていいです。加熱するとレンネットの凝固性が低下し、チーズ製造の際に加熱変化は影響しますが、実際にチーズを作る現場では、できるだけ低い温度で殺菌する形で処理しています。

 食べ物としての牛乳の意義を言えば、牛乳には生命維持機能の栄養機能(第一次機能)、食品成分が感覚に訴える感覚機能(第二次機能)、生体防御、老化・疾患防止などの生体調節機能(第三次機能)があります。牛乳の優れた点をより詳しく研究するには、まだまだ時間がかかりそうですが、牛乳は魅力ある機能を持っていますし、食品としても、まだ未知の可能性を持っているといえます。最後に、食べ物は薬ではありません。牛乳も食品として考えていただき、フードファディズムに乗ることなく、牛乳・乳製品に対する正しい評価をしていただき、健康の維持のために優れた食品である牛乳を有効に利用していただきたいと願う次第です。

 

                      この前回はこちら・・・

※このトピックは酪農学園大学連続公開シンポジュウム『ミルクと酪農の真実と未来』から酪農学園ミルク産業推進会議の関係者の承諾を得て掲載している。酪農学園大学の関係者に心から感謝している。