『 ステテコ症候群と骨粗鬆症 −転倒予防への取り組みから−
小松泰喜     武藤芳照  
 (こまつ たいき)   (むとう よしてる)

小松泰喜(こまつ たいき)
東京大学大学院教育学研究科身体教育学講座(武藤研究室)
リサーチフェロー・工学修士・理学療法士
アスレティック・トレーナー(財団法人日本体育協会認定)
1989年:岩手リハビリテーション学院理学療法学科卒業
1998年:明治院大学社会学部社会福祉学科卒業
2004年:信州大学工学系研究科前期博士課程機能高分子学専攻修了
2004年:信州大学工学系研究科後期博士課程生物機能工学専攻入学
転倒予防医学研究会世話人
身体教育医学研究所(長野県東御市)臨床研究部長
 
 男性の高齢者には以前からことだが「ステテコがうまくはけなくなったら危ない」と言われている。つまり片足で立てなくなると転倒しやすくなるという黄信号だ。それを「ステテコ症候群」と名付けているそうだ。

 医学的にも神経内科領域で伝えられている言葉に同様なことがある。つまり、ステテコの脱ぎ剥ぎができなくなるあるいは女性でいうならば座ってストッキングを履く機会が多くなるなどはまさに、脚の機能の衰え、そのものである。整形外科医も、「立ったまま靴下をはくことができなくなった」と患者さんに言われれば、即座に杖の処方を考える。

 しっかりと片脚立ちをしたまま確かな距離感覚をもって、目的の下着・はき物を着脱する行為ができなくなるということは、脚の筋力及びバランス能力をはじめ、からだ全体の運動機能、感覚機能が衰えたことを示している。したがって片足立ちがうまくできなくなって「人が転ぶ=転倒」ということは、身体全体の調節機能にひずみがあることを表しているといえよう。

 私達は、「転倒予防教室(以下、教室)」を、東京厚生年金病院健康管理センターに1997年(平成9年)12月1日に日本で初めて開設した。その後8年が過ぎ、「転倒予防」という言葉は、行政用語として定着し、健康フロンティア戦略、介護予防10ヵ年戦略の事業名をはじめ、国策として瞬く間に広まった。

 また、昨今では全国にこの「転倒予防教室」と同様の名称で3,000とも5,000とも言われている「教室」が開催されており、日々その目的や効果について自治体や行政単位で、転倒者数や骨折者数を低減させる取り組みが行われている。この「教室」の実践により運動・生活指導による転倒予防の臨床的意義と効果をより質的なデータから様々な方面で発信し、社会的活動をしていくことが「教室」“元祖”としての義務だと自負している。


 その中で、「転倒」を予防するチェックポイントを整理すると、「転倒」の内的要因といわれる「下肢筋力の低下」「歩行能力の低下・障害」「移動能力制限」「末梢神経障害」「バランス障害」「認知障害」「視覚障害」などがある。中でも、「筋力低下」「バランス障害」「歩行障害」「移動能力制限」については、「転倒」との関連性において複数の文献で有意な差が報告されている。

 このような転倒リスクを把握できる評価・測定の方法・システムあるいは問診の仕方が重要である。例えば、朝起きてから夜寝るまでの間に、片脚立ちをする動作(起床直後の衣服の着脱、はき物の着脱、入浴時の浴槽の出入り動作等)が、いくつも含まれている。前述した「ステテコ症候群」と同様に、それらをしっかりと安定させてできるかどうかを尋ねることにより、その人の「易転倒性(転倒しやすさ)」を把握するよい指標となる。

 さらに歩行動作自体、片脚立ちの連続技とみなすことができる。若年成人では、片脚立ちの時間が長いものが、高齢者になるにつれて両足接地時間が長くなることが知られている。したがって、歩き方を観察することだけでも、その人の運動機能、特に下肢の筋力、バランス能力を推察する重要な情報が得られることが多い。

 「教室」参加者の基礎データからわかってきたことは、骨密度の測定により骨粗鬆症と身体状況の関係から、転倒による骨折予測因子は何かということである。それは片足で30秒の間足を高くした位置に置いておくことができなかった方が骨粗鬆症による転倒・骨折を起こす可能性が骨粗鬆症でない方と比較し、約2.5倍もなりやすい結果となった。

 
骨粗鬆症からくる転倒・骨折の身体機能の予測因子
   
 
        【 倍率 】
  BMIが1下がると
          0.7倍
  片足立ちができないと
        約2.5倍
   
              投入された変数: BMI、 体脂肪率、 動脈硬化指数、変形性膝関節症の有無、
                 変形性脊椎症の有無、最大1歩幅、開眼単脚直立時間の可否、股関節屈曲可動域


 つまり、骨粗鬆症の発現の可能性を身体機能からおおよその予測が可能となり、骨粗鬆症による転倒・骨折を未然に防ぐため、簡単で高齢者にも理解しやすい方法である片足立ちを行えば転倒のリスクがわかるというものである。前述したような問診や視診によってその可能性を判断することができ、その後の対応がスムーズになる。

 いつでもどこでもそのため(骨粗鬆症による転倒・骨折予防)のスクリーニングができるというものである。もちろん、複雑な器具も使用せず、早期に発見する非常に役に立つ方法である。もともと、日本人の転倒による骨折の発生率は、非常に低かったはずなのであるがバリアフリーへの環境の変化や健康被害といわれる様々な健康情報などにより、その要因は複雑化してきている。変貌したライフスタイルを反映した結果である。

 大切なのは、「しっかり歩く」や「こまめに動く」など普段が大事ということである。片足立ちで高齢者に対するすべてがわかるわけではないが、「ステテコ症候群」の予防法として、正確で簡便な転倒評価により、アリストテレスの言う“Life is Motion”が期待できるのではないだろうか。