『 生命科学映画制作の父、小林米作氏 ご逝去』
                           
 

 本年11月、科学映画の製作者、小林米作氏が茅ヶ崎の自宅で静かにこの世をさられた。米作さんの死が数人の関係者から知らされたが、この春、多くのお弟子さんを始め、関係者と共に100歳の誕生日を祝われ、まだまだお元気であったと聞いていたので、唖然とした。

 小林さんは戦時中、報道カメラマンとしてジャカルタで活躍された。戦後ドキュメンタリ映画制作の道に再び入られた。戦後の彼の作品は生物を対照としたものが多い。丁度其の時期、生の細胞の構造をみることが出来る特殊な顕微鏡(位相差顕微鏡)と細胞内の動きを短縮して見せる手法(微速度映画撮影法)が開発され、彼は積極的にこれらの手法を用いて数々の名作を世に送り出した。その間、100数十本の科学映画を製作、その20数本は国内外の科学映画祭で数々の賞おしゃべりで本音参照を受賞していると聞く。受精卵からニワトリの胎児が成育する様子を映像化した小林 米作氏の代表作ひとつ『 生命誕生 』(1960年制作)は、パドヴァ大学・ヴェニス映画祭共催の国際科学 教育映画大会で1963年グランプリによくしている。

 本映画祭の審査委員は、この映画は最高の技術と映画的表現を駆使し、生物学の本質の現象を描き出している。そしてこの映画は高い抒情性にまで達した興味津々たる記録でもあり、かつ人類の手による科学研究の頂点においては科学と芸術とが全く一つのものとなると。

この映画は以下の賞を受賞している
1963年 教育映画際学術科学映画最高賞
1963年 キネマ旬報短編映画ベスト・テン第2位
1963年 毎日映画コンクール教育文化映画賞
1964年 第12回東京都教育映画コンクール金賞
1964年 科学技術映画際優秀作品賞

 私は骨を題材とした生命科学映画を小林さんと製作する機会に恵まれた骨の映画配信中。彼の映画制作では他の企画と異なり、脚本はほとんど無い。今回のテーマは濡れで行きましょうの一言。しかし、単なる閃きの言葉ではなく、スタッフが十分研究、検討の結果からの一言である。従って濡れは骨の内に存在する骨細胞の働きをよく表している。そして撮影に入ると妥協を絶対にすることなく、徹底的に本物の映像を追い詰める。骨の3部作から、骨の生きた営みを細胞レベルで明らかにした。すなわち骨芽細胞による骨形成、破骨細胞による骨吸収、そして骨改造のダイナミックな映像化に成功した。また破骨細胞は細胞融合によって出来る事を始めて明らかにし、さらに骨細胞の働きの多様性をも示唆することが出来た。従って出来上がった作品はその道の研究者へも多くの新たな情報を発信し、生物の神秘の扉を開けてきたと思う。

  これらの生命科学の映画は、アナログ時代のゆっくり時間をかけて物事に取り組めたよき環境、時代に生まれたのである。東大名誉教授で建築家の安東忠雄氏は(建築には時代や社会の姿が現れる。経済優先の社会で多くのものが切り捨てられ、振り返る間もない。結局、目先の利益の追求だけが残ったのではないか。)と、例のマンション偽装事件について述べている。残念ながらこのような生命科学の映画も二度と制作できない時代、環境となってきたのかも。

 しかし小林さんは多数の作品を残している。また彼を中心としたメンバーは数百本の生命科学、文化映画を作り、其の作品はヨネプロダクションを初めとするプロダクションの倉庫に眠っている。これらの秘蔵映画を何処かの会社または組織が一括して整理、保管し、後世に残すことは如何かだろう。そして一人でも多くの人がこれらの作品を目にすることが出来ればと思う。

 さらに最近、大型動画を配信できる環境が整いつつある。このシステムでは版権も守られ、割合安く配信できるトピック参照。秘蔵映画を所持されている方が、それぞれのサイトで配信し、相互リンクすることにより、多くの方が何時でも何処でもこれらの映画を観ることができる。いわゆる科学映画のネットライブラリ化である。是非、関係者は色々と横たわる問題を乗り越え、秘蔵映画の社会への還元を考えてみられんことを。