〜コンピュータで挑む未来の再生医療「iBone」〜
                           
                岐阜大学大学院医学系研究科組織・器官形成分野
                        科学技術振興機構「さきがけ」
    手塚 建一
著者近影
てづか けんいち

1964年東京都生まれ。
1987年京都大学卒業。
製薬会社研究員、大学講師などを経て、
現在岐阜大学準教授

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1.それはヒトの耳を背負ったネズミからはじまった

 ヒトの耳を背負った、おじいさんみたいなネズミを見た事がありますでしょうか?それはたぶん、ハーバード医科大学のチャールズ ヴァカンティー博士らが、免疫不全ネズミの背中に作ったヒトの耳の形をした軟骨組織です。再生医療という言葉は、このネズミからスタートしました。ネズミの背中に生えている人間の耳は、世界に大きな衝撃を与えました。しかし、この実験にはちょっとしたトリックがあります。

 多くのヒトの組織の再生には、細胞プラス「形」を持つ足場(スキャフォールド)が必要になります。皮膚や骨など、再生能力が高い組織でも、足場があるとうまく再生が進みます。ヴァカンティー博士らの再生実験は、ヒトの耳の形に作った人工的な足場に、軟骨細胞を植え付けたので、ヒトの耳の形の組織ができあがったのです。もし、ヒトの軟骨細胞だけをネズミに入れても、せいぜい不定形の軟骨組織ができるだけです。

 では、われわれは再生組織の足場の「形」を、どうやって決めたら良いのでしょうか?ヒトのからだの寸法を測って、形を求めるのもひとつの方法です。でも、わたしたちのからだが作る「形」の意味が分かって、それぞれの人の病状に合ったテーラーメイドの組織が設計できたら良いと思いませんか?そうすれば、もしかすると生命が形を決めているメカニズムだって分かるかもしれません。わたしたちの研究は、ただ生物の形をまねるだけでなく、その中に潜んでいる意味を探るためにスタートしました。

2.骨の形の意味を考えてみる

 骨は、私たちの先祖がまだ水の中にいる魚だった頃、流れに逆らって速く泳ぎ、獲物を捉えたり、敵から逃げるために生じたと考えられています。そして骨は、脊椎動物が陸に上がるために、とても大きな役割を果たしました。ひとつは、水の中とは比べものにならないくらい大きな重力に逆らって立ち上がるための支えとして。そしてもうひとつは、陸上で摂取するのがとても困難で、しかし生きて行くために絶対必要なカルシウムの貯蔵庫として。そのため、骨は二種類のホメオスタシスシステムを担っています。ひとつが、重力や筋力を支えるための強度と形を維持するシステム。もうひとつが、体からの要求に応じてカルシウムを供給して、血液中のカルシウム濃度を一定に保つシステムです。この2つのホメオスタシスシステムを維持するために、骨は最小限の材料で最大の強度を生み出す「最適構造」を持つように進化して来ました。

3.ホメオスタシスとシミュレーション

 ちょっと、エアコンによって部屋の温度を一定に保つしくみについて考えてみましょう。まず必要なのは、部屋の温度を測るセンサーです。古い物ですと、バイメタルという温度によって曲がる金属の板が使われていましたが、最近では半導体のセンサーが用いられるようになりました。どちらにせよ、センサーが感じ取る温度が、設定値より高いと、エアコンは冷却機のスイッチを入れて温度を下げようとします。逆に、温度が低いと冷却機を切って、暖房機のスイッチを入れます。冷却機と暖房機の働きで変化した部屋の温度が、再びセンサーでキャッチされ、冷却器と暖房機のオン/オフを繰り返します。その結果、部屋の温度は設定値を中心とした一定の範囲で上下しながら維持されます。つまり、エアコンは、センサー/冷却器/暖房機の3つのコンポーネントから成るフィードバックシステムによって、部屋の温度を一定に保つという事が分かります。そして、このような「温度を一定に保つ働き」をするシステムをサーモスタットと呼びます。

 では、骨のホメオスタシスは、どういうしくみで動いているのでしょうか?実は、エアコンとそっくりのシステムが働いているという説があります。これをメカノスタットと呼びます。メカノスタットは、骨に生じるひずみや局所的な力学ストレスを感じ取ります。ストレスが強くかかりすぎる場所には、新しい骨を作って補強します。逆に、ストレスがあまりかからない場所の骨は溶かして取り除きます。実際の骨の中には、骨細胞と呼ばれる「細胞センサー」が沢山埋め込まれていて、常に局所のストレスを見張っています。骨細胞は骨を作る細胞「骨芽細胞」に情報を送っていて、骨芽細胞はストレスが大きくて骨を作る必要がある場合には、コラーゲンとリン酸カルシウムを作って補強します。また、骨細胞からの情報によって、ストレスがかかっていないと思われる部分では、骨を溶かす「破骨細胞」を呼び寄せて、余分な骨を吸収させます。この様なシステムが、骨全体で働く事によって、骨は常に外力に適応した構造を維持する事ができるのです。

 このような、細胞の働きをコンピュータの中の仮想世界に作り出したのが「iBone(アイボーン)」です。iBoneは、CT(さまざまな方向から撮影したレントゲン像をもとに、からだの内部を3次元的に再現する技術)で得られた、患者さんの骨の形、筋肉の付き方や太さ、疾患部の状態などを、コンピュータの中に再現することから始まります。モデルは、中にたくさんの穴があいただけのシンプルな構造からスタートします。できたモデルを、有限要素法という最先端のシミュレーション技術で解析すると、骨のどの部分にどのくらいのひずみや負荷がかかるかが計算できます。この負荷の大きさをもとに、どこに骨を作って、どこの骨を溶かすかを、メカノスタットの考えをもとにした別のシミュレーションで再現します。そして、できあがった、前とは少しだけかたちの変わったモデルを、また有限要素法で解析します。

 このようなシミュレーションを何度もくりかえすと、骨はだんだん形を変え、最後に安定な状態で落ち着きます。これが、与えた力学条件に対する、骨の最適構造です(図1)。こうやって計算で求めた骨の最適構造と、実際の骨の形が良く一致することから、わたしたちの骨の形は、筋肉や重力などの力に対してもっとも壊れにくい最適構造を持っていることがわかりました。このことは、19世紀の外科医Wolffが提唱した「Wolffの法則」を、現代の方法を使って再発見したことになります。

 現在は、このプログラムを使って、骨の再生に最適な足場の設計をするための研究や、手術や治療の効果をあらかじめシミュレーションする「治療シミュレータ」として使えないだろうかと考えて研究を進めています。図2は、あごの骨の内部に嚢胞と呼ばれる袋のような物ができてしまった患者さんの骨に、仮想的に切開手術を行って、治癒の過程をシミュレーションしたものです。穴の周辺部に、ストレスがかかり、それが治癒の原動力となって穴をふさいでいく様子が再現できました。

 このように、iBoneは骨と力学的ストレスの関係を、コンピュータの力を借りて再現し、未来の再生医療を切り開こうとしています。また、患部の状態や治療方法を分かりやすく伝える方法として、医師と患者のコミュニケーションツールとしても有望です。