「Paget病で見られる骨代謝異常の特徴 」
                                  
                    

                  
帝人ファーマ株式会社生物医学総合研究所 
                 
 いしずか せいいち
 骨カルシウム代謝研究部
 石塚 誠一
プロフィール
1948年6月13日生
1974年3月東北大学農学部大学院生物化学卒業
1974年4月東京大学医科学研究所化学研究部 研究生
1975年4月帝人株式会社入社、帝人生物医学総合研究所
1976年4月−1977年3月東京大学医学部保健学科 研究生
1988年 University of California Riverside, Department of Biochemistry, Research Fellow
1992年 大阪大学歯学部生化学教室 Research Fellow

2000年8月- 2001年3月 University of Texas, Health Science Center at San Antonio
Department of Hematology, Visiting Professor

2002年10月−2005年9月 University of Pittsburgh School of Medicine
 Division of Hematology/Oncology, Visiting Professor 
日本生化学会、日本薬学会、日本内分泌学会、日本骨代謝学会、日本癌学会、日本糖尿病学会
日本基礎歯科医学界、日本軟骨代謝学会、日本ビタミン学会、日本骨粗鬆症学会、アメリカ骨代謝学会
1995年 Vitamin D Research Group Award (Providence, Brown University)
1997年日本骨代謝学会学術賞受賞
2003年 Vitamin D Career Award (Maastricht, Workshop on Vitamin D Inc.)

 私は、過去30年間「ビタミンDと骨代謝」について研究してきた。 その過程でビタミンDは、骨量を増加させ骨強度を高める物質として、骨量減少を伴う骨代謝異常疾患の治療に有用であることを見出した。 実際ビタミンD誘導体は、臨床の場で使用され治療効果をあげている。 このように骨代謝に重要な生理作用を発揮しているビタミンDも、一方で新たな病気を引き起こす原因になることが明らかにされてきた。 極最近「Paget病」は、生体内に存在するビタミンDで、著しく骨吸収(骨量の減少)が亢進される疾患であることが明らかにされて来たので、この疾患と他の骨代謝異常疾患の相違について述べたいと思う。

 今日、老化に伴う骨減少症と言えば「骨粗鬆症」または「オステオポロシス」と言う疾患は、誰もが知る言葉になった。その発症原因は多様であるが、女性が圧倒的に多い疾患である。 閉経に基づく女性ホルモンの減少に伴って急激に骨量が減少する閉経後骨粗鬆症、老化に伴って徐々に骨量が減少する老人性骨粗鬆症、ステロイド剤の服用で起こるステロイド性骨粗鬆症や糖尿病などの疾患に伴って骨量が減少する骨粗鬆症などが知られている。 骨量減少の初期には、骨にストレスをかけ骨細胞を活性化するための運動療法や骨の形成成分であるカルシウムの摂取量を増やすことなどで、骨の減少速度を遅くすることが出来る。 さらに骨量が一定閾値以下に減少すると骨折を起こし易くなるので、骨吸収を抑制する薬剤や骨形成を促進する薬剤などで減少した骨量を増やす治療が行われ、最近では年に7%位骨量を増加させる薬剤が登場し、治療効果を挙げている。 

 骨粗鬆症は、骨量が減少する疾患であるが、必ずしも一定の速度で骨量が減少する訳ではない。閉経後骨粗鬆症患者のように女性ホルモンが急激に減少する時期には、骨量減少も激しく一年間に3%位減少する。これに対し老人性骨粗鬆症患者では、骨量減少も緩やかで一年間に1%位の割合で骨量が減少していく。 骨量の減少は、脊椎であろうと手足の骨であろうとほぼ一様に減少していくので、どの部分の骨で骨量を定量しても病気の進展を計測することが可能である。 日本では、患者数は800万人とも1000万人とも言われており、女性が圧倒的に多い疾患である。大腿骨頸部骨折を起こす患者は、2002年度11,7900人で、過去15年間で2.2倍増加している。 アメリカ人の年間120万人と比較すると、日本人では大腿骨頸部骨折の頻度がかなり少ないことになるが、老齢人口の増加率よりは遥かに高い割合で大腿骨頸部骨折が増加している。 その原因は、体格の差、食事の相違、生活様式の相違などによっていると考えられている。 近年、日本人の食生活および生活様式が欧米化し、体格も欧米人に近づきつつあることから、今の若い人達が老人になる頃には、もっと大腿骨頸部骨折などが増加するのではないかと危惧される。

 骨粗鬆症よりもさらに急激に骨量減少を起こす骨代謝異常疾患として、1876年にイギリス人医師Pagetによって発見された「Paget病」があることを5年前に初めて知った。この病気の特徴は、局所的に骨吸収と骨形成が亢進しているため、骨の脆弱化、肥大と変形が見られる。おもな発症部位は、頭蓋骨の肥大、大腿骨、頚骨および骨盤の変形と肥大、脊椎の変形であり、骨痛と骨折を伴う。 また、聴覚機能が阻害されて難聴になることもある。 病気の診断法としては、激しい骨代謝異常を持ちながら病態が局所的に発症するために、骨粗鬆症患者で行われている骨量測定法では検出することが出来ず、骨のX線写真像および骨吸収亢進に伴い尿中ヒドロキシプロリンまたはデオキシピリジノリン排泄の増加と骨形成亢進に伴う血中アルカリフォスファターゼ活性の上昇が病態の診断に使用されている。音楽の天才ベートーベン(1770-1827)もこの疾患に罹患していたと言われている。

        1876年James Pagetが、Chirurgical Transactions vol ix: p37-63 (1876)に報告した
        Paget病患者の骨代謝異常。 頭蓋骨の肥大、骨盤の変形、大腿骨および頚骨の肥大
        と変形が記載されている。

 この疾患の発症には、著しい人種差と地域差が存在するが、男女間に差は存在しない。イギリスのランカシャ地方では55歳以上の住民の6.3 ? 8.3%に発症するなど、イギリス(4.6%)の中でも特に発症率が高い地域である。ついでフランス(2.4%)、スペイン(1.3%)と比較的高い発症率に対し、ドイツやイタリアでは、0.5%前後である。一方、ヨーロッパ人が移民したアメリカやカナダでは2 ? 3%の発症率を示し、また、イギリス人が多く移民したオーストラリアおよびニュージーランドでは3 ? 4%と高い発症率を示しているが、これらの国では、最近発症率が減少しているとの報告がされている。 アメリカでは約300万人、イギリスで約100万人の患者がこの疾患に苦しめられており、骨粗鬆症についで多い骨代謝異常疾患である。 一方、アフリカおよびアジアでの発症は、極めて稀な疾患である。因みに日本では、200人位の患者数が報告されているに過ぎない。

 この病気の発症原因は、今でも不明な点が多い疾患である。 発症には、地域局在性と家族性があることから遺伝的要因が関係しているとか、患者には人種差があり、アングロサクソン人が最も多く、ラテン人、スペイン人、ゲルマン人と少なくなり、黒人、アジア人の患者は稀であることから、遺伝的環境的要因も指摘されている。 また、骨吸収に拘わる因子の遺伝子変異があることも指摘されている。 つい最近、Paget病発症に、はしかウィルスなどのパラミキソウィルスの感染が重要な役割を演じていることが報告された。 はしかウィルスは、破骨細胞前駆細胞や破骨細胞に特異的に感染し、感染した細胞内でビタミンDリセプター(VDR)に特異的な転写因子(TAFII-17)の発現を促進する。TAFII-17が発現した破骨細胞は、生理的濃度のビタミンDに反応して、骨吸収が異常に亢進されること、およびはしかウィルスを感染させたマウスは、Paget病患者と同様の骨代謝異常を呈するが、VDR欠損マウスに、はしかウィルスを感染させてもPaget病のような骨代謝異常は発症しない。このことは、Paget病の発症に、はしかウィルスの感染とビタミンDの存在が重要な役割を演じていること示唆している。しかし、実際のPaget病患者では、はしかウィルスに感染しても直ぐに病態が発症する訳ではなく、感染後20年、30年経て発症するようである。 日本人の多くは、既にはしかウィルスに感染しているにも拘わらず、どうしてこの疾患が発病しないのか不明である。 この疾患が発見されてから、130年経過してやっと病態発症機序解明の手掛かりがつかめた気がしている。

 日本では、2002年に日本骨粗鬆症学会が「骨Paget病の診断と治療ガイドライン委員会」を発足させて、有病率と臨床像に関する調査を行った。日本整形外科学会認定の全国1750施設から、169症例が報告された。今回の調査で、疼痛などの症状がある患者は、実に75.1%に達し、イギリスやアメリカの30%程度と比較すると2.5倍の数値を示した。 特に日本で発見された患者の殆どは、病状が進んだ段階にあり、大腿骨頸部骨折などの骨折が16例、手術を要した変形性関節症4例、骨肉腫や悪性線維性組織腫8例であった。 この調査によると、日本人にPaget病患者は、少ない事は確かであるが、まだ発見されていない患者も相当数いるものと推測された。 Paget病が生命を脅かす悪性腫瘍の発生に高頻度で結びついていることから、同疾患の危険性が周知徹底されている欧米のように自主検診を進め、早期発見と早期治療が重要である。

 現在、この疾患に対する治療薬として、種々のビスフォスフォネート製剤が、骨粗鬆症患者の治療に用いられる4倍量投与されて効果を発揮している。また、ビスフォスフォネート製剤の効力を上げる目的で、カルシウムとビタミンDの併用投与が推奨されている。今後、Paget病の発症原因が完全に解明された時点で、ビスフォスフォネート製剤による治療方法の欠点を改善した、より根治療法に近い治療薬が開発されるものと期待している。