「型にハマってその後の運命は?」
                                  
                              新潟大学大学院 医歯学総合研究科
 石橋 宰
                  
 
   

いしばし おさむ

1968年 7月生まれ
1991.3 東京工業大学理学部卒業
1993.3 東京工業大学大学院生命理工学研究科修士課程修了 。
新潟大学院医歯学総合研究科
1997年 1月助手に就任 。

 
 医療分野で「再生医療」あるいは「組織工学(Tissue engineering)」という言葉を頻繁に聞くようになってからかなりの年月が経つ。特に、幹細胞を利用した再生医療はその多分化能、すなわちありとあらゆる組織の細胞に分化しうるという性質から注目度が高い。しかしながら、現在においてもこれらの研究の成果が医療現場で応用されるには程遠いというのが実情である。

 幹細胞とは、生体を構成するさまざまな細胞の元となる未分化細胞のことである。動物の場合でいえば、各個体は元はといえば一つの細胞である受精卵から発生するので、受精卵は究極の幹細胞であると言える。また、初期胚から得られた多能性(ほぼすべての細胞に分化し得る能力)を保持している培養細胞を胚性幹細胞といい、一般にES細胞と呼ばれている。マウスでは、このES細胞の作製は20年以上前に成功しており、それを用いて特定の遺伝子の機能を欠失させたマウスを作れることになったことは生命科学において画期的な出来事であった。そして昨年、韓国のソウル大学で初めて人間のクローン胚からES細胞が抽出された、というニュースは記憶に新しい。したがって、理論的には遺伝子改変人間も作れる時代になったが、これについては、当然倫理的な見地から許されるものではなかろう。

 さて、人為的に人間個体そのものを作製することには大きな問題があるが、多能性を有するES細胞から目的の臓器を自由に作ることができれば、臓器移植しか助かる見込のない多くの難病患者の命を救えるのではないか、というのは当然の発想である。実際に、東京大学の浅島 誠教授の研究室では、ある因子の作用を利用してカエルの心臓、眼、腎臓といった組織を試験管内で作り出すことに成功している。ところが、人間はおろか、マウスにおいてもこの類の実験にはまだ誰も成功していない。カエルにしたところで、すべての臓器・組織の作製が成功に至ったわけではない。
 いったい何が障壁となっているのだろうか?もしかすると現在行われている研究に大きな盲点があるのではないか?−最近、ある論文を読む機会があり、そう考えさせられた。

 2004年発行のDevelopmental Cell第6巻でMcBeathらは、間葉系幹細胞(MSC)を用いて、「細胞の形の違いがその後の細胞の運命(分化の方向)を決める」ということを証明した。MSCというのは、ES細胞ほどの多能性は持たないが、骨、筋肉、軟骨、脂肪など多くの組織の細胞になりえる細胞で、再生医療への応用が大いに期待されているものである。従来、MSCを培養する培地の組成を変えることにより、望みの細胞へと分化させることが一般的に行われてきた。例えば、インシュリン、あるいはアスコルビン酸を含む培地中で、MSCはそれぞれ骨および脂肪の細胞へと選択的に分化してゆく。しかし、細胞の密度も分化の方向を決める大きな要因と考えられており、MSCを高密度、つまり隣接する細胞との間隔がまったくなくぎっしり詰まった状態で培養すると脂肪細胞へ、逆に低密度の状態では骨の細胞(骨芽細胞)へと分化する傾向が認められる。本論文の筆者らは、培養皿上に細胞1個だけが載る面積の小さな「島」(特殊なコーティングを施したスポット)を作り、その上での細胞培養を試みた。すると、ひとつひとつのMSCは、「島」の面積がきわめて小さく窮屈な形をとったときには脂肪細胞へ、「島」面積が大きめでじゅうぶんにリラックス(伸展)した場合には骨の細胞へ、とそれぞれ分化した。つまり、MSCの運命を決定したのは、実際はその密度ではなく「形」だったのである。しかも、この「細胞の形」による分化決定は培地の組成に依存しない。すなわち、本来MSCを骨の細胞へ強力に誘導するような培地を使用しても、細胞の形を丸くコンパクトに保てばそれは脂肪細胞へと変わってしまったのだ。

 細胞が分化するとその形状が変わる−これは経験的にもきわめて当然と言えることで簡単に理解できる。しかし、その逆のことも成り立つのかどうか−非常に単純な疑問のようであるが、多くの人は考えもしてこなかったのではなかろうか。本論文では、MSCの骨および脂肪の細胞への分化の振り分けという見地から研究を行っているが、他の間葉系組織(筋肉、軟骨など)の細胞分化に関しても同様のことが言えるのか、また、さらに話を進めて、このことは細胞の分化に関して普遍的に成り立つことなのか、など興味はつきない。なお、本論文では、この現象のメカニズムとしてRhoやRockといった蛋白質の機能に焦点をあててさらなる議論を行っているが、ここでは専門的な話は割愛させていただく。

 最後に私事であるが、私は2年余りドイツに滞在し、本来の骨代謝研究を離れ細胞外マトリックスや細胞骨格を専門とする研究室で学び、最近帰国した。老婆心ながら、それらは細胞の形状を決定するのに大変重要なファクターである。現在は、再び骨代謝領域でメカニカルストレスに関する研究を行っているが、この論文を読み、自分が留学先で一見無関係な領域に身を置いたことが決して無意味ではなかった、と確信するに至った。研究者も、あまり「型」にはまってしまうと自らの将来の可能性を狭めてしまう結果になる。個人的には、将来的に骨に対するメカニカルストレスの効果を「細胞の形」という側面から分析していければ、と考えている。