「骨細胞は神経細胞の夢をみるか」
                            エーザイ株式会社 創薬第一研究所 ・歯学博士
 小笠原 愛智
 

おがさわら あいち

1992年4月、エーザイ株式会社入社、同筑波研究所配属
1998年7月、明海大学歯学部口腔解剖学第一講座派遣
2000年8月、エーザイ株式会社 創薬第一研究所 評価グループ配属
2001年4月、株式会社ビーエフ研究所出向
2004年1月、エーザイ株式会社 創薬第一研究所 評価グループ配属
現在に至る



 昔から樹状の細胞が好きだったりする。代表的なのは、骨における骨細胞、脳における神経細胞、免疫における樹状細胞(抗原提示細胞)である。細胞の形は、浮遊細胞であれば球形、付着細胞であれば針状、円または楕円が一般的であるが、樹状細胞の場合、細胞体から無数の細胞突起が四方へ伸び、さらに複雑に分岐している。何かを求めるように無数の細胞突起を伸ばすその姿から、単細胞と呼ぶ以上の何か高度な機能を持ち合わせているような雰囲気があり、それが私を惹きつけるのである。

 私は製薬会社の研究員として働き始め、最初の8年間は骨代謝領域に所属し、その後現在に至るまで中枢神経領域にいる。樹状の細胞が活躍する二つの領域を経験している。 当初、骨と言えば、「硬い」という無味乾燥なイメージしかなかったが、標本観察を通じて、骨基質中に細胞が数多く埋まっていることを知り、好奇心を刺激された。骨細胞は骨小腔という硬組織中の小さな空間に幽閉されている感じで、移動もできず、栄養供給という面でも恵まれた環境にいるとは言えない。ただ、骨細胞は完全に隔離されているわけではなく、骨小腔を結ぶ骨細管を通じ他の細胞とコンタクトをとり、骨基質全体に細胞間ネットワークを展開している。それはまるで、骨に張り巡らされた神経細胞のようなのである。

  骨は、Wolffの法則に象徴されるように、外部からの機械的刺激によって外形および内部構造を変える。その明確なメカニズムは不明であるが、一見何の機能も持たないような骨細胞が機械的刺激受容のセンサーとして働き、骨組織に可塑的変化を与えているのではないかと想像力を逞しくしている。

 神経細胞が形造る脳は、頭蓋骨に囲まれ、形の変化が起こらないような印象を受ける。しかしながら、脳の場合も刺激の頻度に応じ形の変化が起こると考えられている。もっとも脳の場合には、機械的な刺激ではなく知覚的な刺激である。神経回路の形成は、ニューロトランスミッターの放出を受けて、樹状突起上のレセプターが開口し、ナトリウムイオンやカルシウムイオンの流入がトリガーとなり、それに応じた種々の酵素の活性化を経て行われる。活性化された樹状突起では、スパインと呼ばれるキノコ状の構造物が肥大または増加し、神経細胞に微細な形の変化が観察される。また、このように一度刺激された神経回路は、次回の刺激に敏感に反応するようになる。このような神経細胞の特性はHebbの法則としても知られている。

  脳の神経細胞はある年齢(20歳くらい)まで増え続け、その後は減少の一途を辿ると考えられてきた。しかし最近では、海馬歯状回付近に神経幹細胞が多く存在し、内因性に神経細胞の分化誘導が行われていると考えられている。ロンドンで活躍するタクシードライバーの脳のサイズを測定すると、海馬のある特定部位が肥大していることが報告されている。街中の道路を把握する空間認知や最短距離を探す探索行動が頻繁に行われる職業柄、その目的で使用される海馬の回路の一部が肥大したと考えられる。

高齢化が進み、骨粗鬆症やアルツハイマー病罹患者の増加が社会問題となっている。発症予防または治療の方法が模索されているが、予防の為には自助努力も必要と思う。「人生は重きを背負い、遠き道を行くが如し」と詠った将軍もいた。辛くても常に負荷を与え続けるのが一番の予防法なのだ。使わないと廃用性に機能を失うのは骨も脳も一緒なのである。楽しみながら継続できることが理想的で、誰もがこれを探している。貴方は見つけましたか?私はまだ五里霧中です。