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スローフードで疾病の治療?
真野 博

真野博氏まの ひろし

1966年 新潟県生まれ。
新潟県立江南高校卒業した後、東京農業大学農学部へ。
東京農業大学大学院博士課程終了、博士(農芸化学)を得る。
明海大学歯学部口腔解剖学教室で助手を務める。
その後、新設された東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科の講師。
現在、城西大学薬学部医療栄養学科の講師。
1988年 日本栄養食糧学会奨励賞受賞。
高校時代から山岳部に属し、自然を愛し、人との関わりを常に大切に考える。
地球住居環境から細胞環境まで、環境問題に強い関心を持っている。
現在、「食」と「若返り」に関して細胞・分子レベルで研究中。その成果に期待したい

 スローライフやスローフードなどと言う言葉を耳にする機会が増えてきました。

 地産地消や食育なども良く耳にします。スローフードは1986年にイタリアで言われはじめた言葉で、ファーストフードに対照的な言葉として使われはじめました。現在のスローフードの概念は、

1.食を通じて生物多様性を守ること(みなさんが毎日くちにしている食品はほとんど生き物です)
2.世界各地の環境・文化に則した多彩な食を守り発展させ、結果として住みやすい世界(人間以外も含めて)を造ることと言えると思います。

 このようなスローフードが注目された背景としては、食の安全・安心が注目されていることが一つの原因だと思います。BSE、トリインフルエンザ、遺伝子組換え食品などがその代表でしょうか。
さらに、出生率低下による高度高齢化社会での医療の問題があると思います。

伝統食


 戦後は食料不足による栄養失調が大きな問題だったのですが、高度経済成長期以降の現在では飽食による生活習慣病などがあげられます。食生活の欧米化による生活習慣病の増加を反省し、米、野菜、魚を主とした日本型食生活を参考にしようという運動もあります。

 一方、実際の生活を考えると、マスコミなどを介して、いろいろな栄養学的な知識が溢れています。
健康に良いある食品などがマスコミで紹介されると、スーパーでは売り切れ現象が発生することもあります。また、無農薬や有機肥料で栽培した野菜などもスーパーで見かけるようになりました。
もっとも、現在の農林水産省の有機JASの野菜では、使用可能な農薬が指定されていますから、無農薬とは限りません。

 それでは、有機栽培の野菜とそうでないもの、また路地栽培とハウス栽培の野菜では何が違うのでしょうか?ちなみに栄養の専門家の管理栄養士さんが使っている「日本食品標準成分表」には、このような栽培法法の違いによる野菜の成分(ビタミンやミネラルの量)は記載されていません。

 実際には、このような野菜の栽培方法の違いによって、当然様々な食品成分が変動します。

 つまり、ビタミンCが沢山含まれているミカンや、カロテンが沢山入ったホウレンソウが存在します。
野菜しかし、これまでの農業生産の現場では、生産効率の良いつまり収穫量の多い栽培法が選択されることが多かったと思います。最近になって、収穫量は少なくても良いから、より美味しく、また、より安全な農産物を望む生産者の方も増えてきています。より消費者を意識した生産が増えてきたと言えると思います。

 われわれは、さらにもう一歩前に進めて、健康増進に効果のある野菜、さらに疾病の予防や治療の効果が期待できるような農産物をつくれないかと考えています。こんな話をするとなかには、遺伝子組換え作物でなにかおかしな野菜をつくろうとしているのではないか思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、われわれは、そのようなニューバイオテクノロジーを使いません。もっと自然な条件、たとえば光・温度・栄養(肥料や水)などをコントロールすることで価値の高い農産物をつくろうと考えています。

 なにもこのような考え方は、我々がはじめて思い付いたのではなく、以前からありました。
しかし、これまでの研究手法では、農産物の中のビタミン量を測定するか、あるいは実験動物に1ヶ月以上も食べさせた、体重の変化などを観察するのが精一杯でした。

 最近開発された新しい研究手法があります。DNAアレー解析などと呼ばれています。DNAとは遺伝子のことで、ヒトやネズミでは約3万個の遺伝子が存在すると言われています。言い換えれば、この数万個の遺伝子の発現がどのようになっているか(遺伝子発現プロファイルといいます)を調べれば、からだのなかがどのような状況なのか判断できると言えます。例えば、糖尿病や高血圧ではある遺伝子がたくさん発現しているというようなことが分かってきています。

 DNAアレー解析ではこの数万個の遺伝子の発現を一度に簡単に調べることができる方法です。
半導体を製造する時の技術を利用して、数cm四方の大きさのなかに数万の遺伝子情報を組み込んだ器具が製造できたのが技術的な進歩のはじまりです。この技術を利用して、いろいろな条件で栽培した農産物の機能を明らかにしたいと思っています。

 具体的な例をあげれば分かりやすいと思います。例えばホウレンソウといってもいろいろな種類があります。以前は各地方でそれぞれ独自の品種が栽培されていたのですが、最近では大手の種苗メーカーがつくった新しい品種が多く栽培されています。もっとも分かりやすい例えはコメです。コシヒカリやササニシキなど味や食感が違います。当然、同じ品種のコメでも栽培方法が違えば成分が違うと言うことは予想できると思います。この違いをからだの中の遺伝子発現プロファイルで調べようということです。
 
実験風景

 今回は沖縄のある地元伝統野菜の機能についてお話しします。この沖縄地野菜をネズミに投与して、数時間後の肝臓の遺伝子発現プロファイルを調べました。もちろんいろいろな遺伝子の発現が変化していたのですが、我々はエリスロポエチンという遺伝子の発現が多くなっていたことに着目しました。

 エリスロポエチンは赤血球をつくる我々の身体に存在するホルモンです。一時は、スポーツ選手のドーピングにも使われていたことも知られています。現在では、貧血の治療に利用されています。

真野博氏

 つまり、この野菜を食べると、体内のエリスロポエチンが増加し、赤血球を増加する可能性が高いと言うことが分かったわけです。この野菜の中のどのような成分にこの働きがあるのか?また本当に貧血が治るのか?などはさらに詳しい研究が進まないと確かなことは言えませんが、伝統野菜に新たな機能が見つかったと言えます。

 現在我々は、この作用をさらに強めるための栽培条件を検討しています。近い将来、病気をなおすことができる野菜ができると信じています。良薬は口に苦しと言いますが、この沖縄伝統野菜は「苦味」が美味しさの要素になっています。

 

真野氏のコラム(2003 7月号)もご覧ください  わんこ
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