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ツール・ド・モンブラン(モンブラン山群一周)の旅
〜<<前編>>〜

歯科医師
生木 道郎

生木先生写真なまき みちろう

1935年 東京生まれ。
1960年 大阪大学歯学部卒業。
現在、千葉県松戸市にて生木歯科医院を開業。歯科医師として活躍中。
マイオドントイック研究会代表。
趣味は山歩きであり、自然と親しんでいる。
当世話人の久米川とは大阪大学時代の同級生。

 モンブラン山群は、フランス、イタリア、スイスの三国にまたがっている。モンブランは、知られているようにヨーロッパ・アルプスの主峰の一つであるが、この旅は、美しいモンブラン山群の周辺を一周する山歩きのコースである。

 我々は、シャモニーからスタートして、イタリア、スイスを経由して再びシャモニーに帰るコースをとったが、この長旅のコースは、先ずハイカーを飽きさせない眺望の連続である。幸運なことに我々は天気にも恵まれた。

 全行程を歩き通せば170kmに及ぶが、我々のコースは途中の景色のあまりよくないところはバスやリフトでショートカット、いくつもの峠を超え谷を渡りながら35kmを6日間で歩くというものであった。

 旅行社によれば、このコースは日本の北アルプスを歩くことの出来る人ならばという但し書きがあったが、確かに参加者は全員北アルプスの経験者であった。そしてほとんどの人が、日頃から山歩きをして身体を鍛えている人達である。
なかにはこの1、2ヶ月の間に2度も富士山の日帰り登山をして備えたという強者もいた。

モンブラン写真 体力、脚力とともにもう一つの問題は、時差ぼけの解消である。これがうまくいかないと、折角の楽しいはずの山歩きが苦しいものになる。

 私の場合は、機内での昼寝の時間を調整するなどして、機内からその準備を始める。しかしなんといっても時差ぼけの解消方法は、到着の翌日長時間太陽の光を浴びながら歩くことに尽きる。そうして現地の時間、気候、雰囲気に合う身体にしてしまうのである。旅行社の方もこのことを考慮して、翌日に3時間ばかりのオプション・ハイキングを企画している。長旅で疲れていたり睡眠不足だったりするが、このハイキングに参加することから、ツール・ド・モンブランの旅は始まるのである。このように成田を出発して以来、2日が過ぎた。

 さて、3日目(2003年7月27日)、さあ、ツール・ド・モンブランへ出発、時差ぼけは解消されている。シャモニーからバスでモンジョアの谷の入り口、登山口に到着。素朴な、しかし厳かなたたずまいの小さな教会の傍のカフェで、軽く飲み物などハイキングに向けて少々充電をする。

 歩き始めは花咲く広々とした牧草地、十分余力を残したところでバルムの小屋に到着、山岳ガイド中島さん心づくしのおにぎりの昼食をとった。最後の日本食である。

 ここで山岳ガイドの中島さんのことに触れる。彼は国際山岳ガイドで、以前ガン患者や全盲の方々のモンブラン登頂の際のガイドを勤められた。またその人柄を慕ってわざわざ同じコースに何度も参加するリピーターもいるという、素晴らしいガイドさんである。
我々の体力や脚力に合わせて無理はしないが、しかし決して甘えさせてはくれない。

 バルム峠 再び歩き始める、しばらくは軽い登り、まもなく森林限界になり本格的な山道になる。
ポンノムの峠(2329メートル)手前辺りから厳しさが増し、呼吸も荒くなる。ほどなく峠に着くと、高山植物が咲き乱れて荒い呼吸と疲れた身体を癒してくれる。この頃から、雲行きが怪しくなり、遠くから雷鳴が聞こえてきた。この夏のヨーロッパの天候はいつになく暑さが厳しく晴天が続いた。それで夕方には雷雨が来るであろうことは予想されていた。

 峠での休憩後歩き始めると、案のじょう雨具を着けるまもなく雨交じりのあられが襲ってきた。傘はひっくり返り、全身雨具を通してびしょぬれで、午後4時頃、やっとの思いで ポンノムの小屋(2433メートル)に辿りついた。雨に会ったのはこのとき限りである。外は寒く、小屋の中のストーブが冷え切った身体を温めてくれた。
今日の標高差は約1300メートル、全行程中最も厳しい歩きであった。

 4日目(7月28日)朝の外の気温は、9℃。今年のフランスの夏は、死者が出るほどの猛暑だが、さすがにアルプスの山の中は寒い。日中でも峠ではじっとしていると防寒着が必要になってくる。

 朝食後身支度をして出発。フールのコル(峠)へと向かう。ヨーロッパの山小屋の朝食は極めて簡単、固い黒パンのスライスにバターかジャム添え、飲み物はたっぷりのコーヒーかココア、馴れるのにいささか苦労した。しかし日本の山小屋とは違って、シャワーもあれば、寝床も一人分は十分に確保できるし、小屋によっては一人ずつのベッドも用意されていたりする。夕食や昼食は、わざわざ食事のためだけに訪れる人達がいるほど美味しい。

 我々の他にも多くのグループが、このツール・ド・モンブランのコースを歩いている。なかにはラバの背に荷物をのっけて、ラバは大変そうだが人間は楽そうに歩いているグループも見かけた。ラバ2頭に人間は10数人、ラバの背中にはいっぱいの荷物が載せられている。
ラバは車のようにガソリンは必要ないし、人間が休憩を取っている間にそこいらの草を食んで事足りる。ただし我々のようにゴンドラやバスを利用する訳にはいかないから、多分170キロを歩き通すしかないだろう。或いはもしかしたら、あるポイントからポイントまでラバを利用する、というシステムがあるのかもしれない。

 モンブラン山群
 フールのコルには雪渓があり、ここからはモンブランがよく見える。シャモニーからみるモンブランは南の方向になるが、ここからは北東の方向に見える。このコルからグラシェの谷へと降りていく。

 ツール・ド・モンブランには7つの谷があり、そのうち我々は、5つの谷を渡ることになっている。グラシェの谷は、シャモニーの谷、モンジョアの谷に次ぐ3つ目の谷になる。どの谷もそうだが、山道の左右にはスケールの大きいアルプスの山々がそびえ立っている。グラシェの谷へ降りて行く途中から、グラシェ針峰(3816メートル)が見える。
氷河を抱いている。やはり美しい。

 今日の宿は、元牛小屋を改造した「モッテの小屋」である。小屋の中は、真中に通路があって、以前牛が繋がれていたと同じように両側にベッドが並んでいる。外に出ると山側に巣穴があるらしく、マーモットの親子が伸び上がって顔をのぞかせていた。反対側の谷の向こう側には山々が夕陽に映えて、息を呑むような美しさである。

 モッテの小屋 この小屋の食事はまた飛びっきり美味しい。若い女主人は女優さんのように美しく、その夫もまたハンサムである。牛の煮込みのおいしいこと!食事の後、思いがけなくこの女主人 がアコーデオンを持って現れ、フランスの民謡らしい音楽を奏で始めた。満員の食堂で、みんなワインでいい気分になっているところに音楽がはいると、早速合唱と共に狭い隙間を縫ってダンスが始まった。我々のパーティ10名の日本人以外はほとんどフランス人、歓声と歌とダンスの大騒ぎ、1日の疲れが吹っ飛んだ。

 夜中にトイレに行く。外トイレのため小屋から外に出て空を見上げれば満天の星である。
星は手が届きそうなくらい大きく見える。遠くには、山々が黒々と切り絵のように浮かんでいる。谷間には氷河が青白くにぶい光を放っている。アルプス真っ只中の夜景もまた素晴らし いものである。


〜次回の<<後編>>に続く〜

生木先生のコラム(2003 9月号)もご覧ください  わんこ
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