耳よりな話トピック
健康づくりを骨から始めましょう
執筆予定者今月のお話バックナンバー

『再生医療』

岐阜大学 再生医科学専攻 組織・器官形成統御学部門
手塚 建一

 このところ、新聞やテレビで再生医療という言葉を目にする事が多くなりました。
私たちの体は、細胞でできています。細胞は、油脂の膜でつつまれた直径数十ミクロンほどの小さな袋です。この小さな袋は遺伝情報を蓄え、エネルギーを作り出す装置、タンパク質合成システムなどを含んでいて、生命の基本単位として働いています。
酵母やゾウリムシなどの単細胞生物は、細胞ひとつひとつがすべてをまかなって生きていますが、多細胞生物であるわたしたちの細胞には、それぞれ個性があり、髪の毛を作る細胞、骨を作る細胞、眼のレンズを作る細胞、脳の細胞など様々な種類があります。沢山の細胞がそれぞれ役割分担をし、協調する事で、高度な機能を実現しているわけです。多細胞生物の中で、プラナリアやヒドラなどは、体の一部を失っても、また再生する事ができます。イモリの足やトカゲのしっぽも再生する組織ですね。この様に、再生という言葉は、多細胞生物の組織・器官の一部が失われた時に、それが元通りに修復される現象を指して使われます。
  わたしたちの再生能力と幹細胞

 人間の手や足は一度失われると再生されません。
という事は、わたしたちには再生の能力が無いのでしょうか?たとえば、日焼けをした時に、赤く腫れ上がった後、皮がむけてしまう事があります。
これは、紫外線によって皮膚の細胞が死んでしまうために起きる現象です。しかし、そのすぐ下にはもう新しい皮膚ができています。骨折をした事がある方なら、その部分をしばらく固定しておけば骨は元通りにくっつく事をご存じでしょう。
 先月のトピックスには、山田喬先生が、ご自分の大腿骨再生体験について詳しく書かれています。
たしかにプラナリアやイモリ程強くはありませんが、私たちにも再生機能はちゃんと備わっているのです。
しかも、体の器官や臓器を構成する細胞は、けがや病気の時以外にもどんどん入れ替わっています。
つまり、私たちの体では毎日再生が起きているのです。
古い細胞が死んで、新しい細胞と入れ替わる事で、ダメージを蓄積せずに長いあいだ元気に働く事ができます。
では、この再生のしくみを支えているのはいったい何なのでしょう?新しい細胞はどこから来るのでしょう?

 その秘密が「幹細胞」と呼ばれる細胞です。幹細胞は、組織の細胞の源となる細胞です。例えば、血液は赤血球、白血球、血小板などいろいろな細胞が混じり合ってできています。そして、これら全ての種類の血液細胞を作るのが造血幹細胞です。動物実験では、たった一個の造血幹細胞からすべての種類の血液細胞を再構築できる事が示されて大きな話題を呼びました。幹細胞には、骨や軟骨をつくる間葉系幹細胞、神経をつくる神経幹細胞などいくつかの種類があります。わたしたちの造血幹細胞は骨髄に、髪の毛を作る幹細胞は毛の付け根といった具合に、それぞれの組織ごとに幹細胞が存在し、組織に新しい細胞を供給しています。
では、幹細胞はどうやって、長期間にわたって大量の細胞を供給するのでしょうか?
幹細胞は枯渇したりしないのでしょうか?

 現在、これら幹細胞は居心地の良い特別な場所でゆっくりと分裂していると考えられています。Niche(ニッチまたはニッシェ)と名付けられているその場所では、幹細胞が様々な細胞になる能力が維持されます。そして、細胞分裂によってNicheから外に出た幹細胞の兄弟細胞は、分裂速度を速めながら環境に合わせて様々な細胞へと変化し、わたしたちの体の一部となって行くのです。
Nicheには常に幹細胞が保持されていますから、一生枯渇する事がありません。

 また、幹細胞の中でも特別な能力を持っているのが「胚性幹細胞(ES細胞)」です。
私たちの体は、父親の精子と母親の卵からできるたった一つの受精卵細胞からスタートします。卵細胞が分裂して、わたしたちの体が形作られる過程で、すべての組織、器官をつくる能力を持った細胞が生まれます。
これがES細胞です。ES細胞からは神経、血液、眼の細胞、消化管の細胞など様々な組織の細胞を作れる事が分かっていて、いわゆる万能細胞として注目を集めています。
最近、アメリカではヒトES細胞のバンクを作ろうという提案もなされています。受精5日後に採取されるES細胞は、支持細胞の上で長期間維持でき、様々な組織の細胞になる能力も確認されています。

  再生医療の今と未来
 もうお分かりでしょう。これらの幹細胞を使って、様々なけがや病気の治療に役立てようという医療が再生医療です。つまり、私たちの再生能力を医療に利用しようという試みです。しかし、この幹細胞を維持、コントロールするしくみが、まだ充分にわかっていません。
多くの場合、幹細胞を体の外に取り出してしまうと、その幹細胞としての性質が失われて行きます。
また取り出した幹細胞を増やすのも簡単ではなく、治療に必要な沢山の細胞を得る事ができるのは、皮膚や骨など増殖能力が高い組織の細胞に限られているのが現状です。一方、脳梗塞や心筋梗塞でダメージを受けた脳細胞や心臓の細胞は、なかなか元にもどってくれません。これらの重要な器官こそ再生して欲しいので、再生能力の高い骨髄の幹細胞を、これらの組織の修復に役立てる試みもなされています。
まだ動物実験の段階ですが、幹細胞は細胞融合などを通して、本来自分が持っているポテンシャルを超えて、他の組織を再生できる可能性も見えはじめています。

 ただし、わたしたちの体は沢山の細胞がお互いに協調しあって生きている事も忘れてはなりません。
一度体の外に取り出された幹細胞は、本来私たちが持っている幹細胞とまったく同一であるという保証が何もないのです。
試験管内では、幹細胞からある機能を持った細胞ができるとき、他の性質を持った細胞も同時に作られてしまう事があります。ですから増殖した幹細胞を体に戻した時に、きちんと目的の機能を果たし、余計な事をしないかどうかがとても重要です。
どうやら、幹細胞をいかにコントロールするかが、今後の再生医療の鍵をにぎっている様です。また、幹細胞を提供してもらうしくみや、ES細胞の取り扱いは、倫理的な問題を避けては通れません。再生医療の技術に特許が認められる事で、今後ベンチャー企業の設立にはずみが付く事も予想されます。これらは、医療現場だけではなく、幅広い人々の生活に影響を与える問題です。

 現在、わたしたちはヒト骨随間葉系幹細胞を使って、骨の再生を目指した研究を行っています。骨髄間葉系幹細胞は、比較的容易に増やす事ができ、骨の細胞や、軟骨の細胞になる能力を備えています。この細胞を使って、人工の骨を作ろうとする時、骨にとって一番重要な機能は「支える事」であり、ちゃんとした材料を使って、ちゃんとした形の物を作らないと駄目だと考えました。そのため、細胞を増殖・分化させる細胞工学的手法だけでなく、細胞の足場となる優れた材料の検討をしたり、骨の形をコンピュータシミュレーション技術で設計したりと、いろいろな分野の技術を試しています。
医学・生物学の世界に閉じこもらずに、工学系の学会に顔を出し、企業の方と話をしながら、日本にも優れた技術が数多く存在する事を知りました。これらの技術を紡ぎ合わせて行く事が、将来再生医療実現への道を拓いてくれると考えています。

 ヒトゲノムの全容が明らかになりましたが、生命の営みについての謎は今までよりも更に深まったと感じます。私たちが、様々な環境の変化に耐えて「生き続けている」事と深いかかわりがある再生能力の研究はその大きな謎への挑戦でもあります。失われた組織を元通りに「再生」できた時、わたしたちの生命についての理解は今よりもずっと深まる事でしょう。


手塚 建一てづかけんいち
1964年東京都生まれ。1987年京都大学卒業。
製薬会社研究員、大学講師などを経て、現在岐阜大学助教授
骨のコンピュータシミュレーション「iBone」を作製中
tezuka@cc.gifu-u.ac.jp
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