第43回「美しい棚田が語ること」

久保美智代 フリーアナウンサー 世界遺産ウォッチャー
 

梅雨の直前、『日本の棚田百選』に選ばれている山あいの地を2ヵ所訪ねました。

 三重県熊野市紀和町の丸山千枚田は、熊野古道の近くの山深い谷間にあります。天気予報では「曇りのち晴れ」なのに大粒の雨。辺りは白く煙り、遠くの山々がかすんでいます。その全貌が明らかになったのは展望台で車を降りた時でした。細長い田んぼ、弓なりの田んぼ、台形の田んぼ……

何層もの棚田が山肌いっぱいに広がっていました。その数、1340枚! 全体は緩やかなカーブを形成し、芸術作品のようでした。これぞ自然との共存です。地形に合わせて作られた先人の知恵と苦労に感嘆しました。


調べてみると、この棚田は400年前に2240枚あったそうです。高齢化で一時は530枚まで減りました。そこで、1994年に丸山千枚田条例を制定し、今は、棚田オーナー制度で維持されています。美しい景色は、復活させることもできるのです。やがて雨はやみ、光がさしてきました。緑の畦がくっきり現れた棚田は、まるで天国へでも続いているようでした。

 

 次に訪れたのは、和歌山県有田川町のあらぎ島です。ヘアピンカーブを描く有田川に沿って、ホタテ貝のような形の棚田が広がっていました。とても珍しい景観です。

江戸時代に開墾されたそうですが、不便な山間では貴重な水田だったでしょう。しかし、棚田の背後には、不似合いの2本の真新しい橋がかかっていました。町総務課に話を聞くと、橋は昨年11月に開通したばかりでした。反対意見もあり、迂回路の検討もされたそうですが、結局、住民の利便性を優先し、最短距離のこの場所に、8年かけて建設されました。

しかし、美しい景色に傷がついたのは明らかです。保存と開発という現代が直面する課題が、ここにもありました。

田植えを終えたばかりの棚田は、無言で空の景色を映し、雨の季節を待っていました。

 

 

 
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