第2回 遊牧民宅のはなし
                 酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授 石井 智美 氏 

 

《プロフィール》
いしい ともみ
北海道在住。酪農学園大学大学院博士課程修了・農学博士。
北海道大学大学院文学研究科修了・文学修士。
現在、酪農学園大学酪農学部食品科学科助教授。専門は微生物学・栄養学・文化人類学。遊牧民宅で数回の住み込み調査を行うほか、民族飲料「馬乳酒」の持つ機能性について研究中。著作にアジア読本シリーズ「モンゴル」、「チーズの文化誌」(ともに河出書房新社)共著、「食と大地 」(ドメス出版)共著、「食文化入門」(弘文 堂)共著など

                           
 

 モンゴルは今が1年で一番いい季節です。7月には皇太子殿下が初のモンゴル訪問をされ、草原の夏を満喫されましたね。 首都ウランバートルから30分も走ると見渡す限りの草原世界です。地平線まで続く幹線道路は、近年整備が進んでいます。草原を車で走っていて休みたくなった時、どうするでしょうか。答えは「ゲルを探す」です。目指すゲルの犬(獰猛!)が車を発見して盛大に吠え始めます。その声を聞いて主人が出てくると車の中から出ずに「犬をつないで」と頼みます。 見知らぬ人でも大歓迎でゲルへ招じ入れられます。

 早速一家の主婦はお茶を沸かしはじめ、出来立ての熱い乳茶とともに山盛りの自家製乳製品をすすめます。これらはお茶請けではなく遊牧民にとっては食事なのです。

来客に無事に旅を続けるために自分のゲルから満腹で出発してもらいたいからなのです。見返りを求めないもてなしなのです。草の海のような草原で、このホスピタリティがどれほど嬉しいことでしょうか。


 乳茶は煮出した茶の中に少量の乳と塩を加えてつくります。生水を飲まない遊牧民はこの乳茶を1日に10杯程度飲みます。草原はとても乾燥が強いですから。テレビ番組などで、遊牧民はお茶からビタミンCを取ってきたと言われていますが、遊牧民が愛飲するレンガ状に固められた茶葉(グルジア産)を分析するとビタミンCはありませんでした。

 午後3時を過ぎてゲルにお邪魔すると、「泊まっていかないか」と声をかけてくれます。草原の夜道は月と星の明かりが頼りです。目的地への道路の情報を聞いて、陽のあるうちに着けそうにないと判断した場合は、一宿一飯のお世話になってきました。ささやかなお礼と、ポラロイドの記念写真をとても喜んでくれました。

 ゲルの紹介をしましょう。円形のワンルームで、中央にストーブが据えられた居心地の良い空間です。木の棒で骨組みが組まれ、円形の明り取りの木枠を天井にあげ、2本の柱で支えるのです。その上にヒツジの毛でつくった白いフエルトで覆います。丸い天井から陽が差し込み、中はとても明るいのです。ゲルを建てるときは、先に中に家財道具を入れてから組み立てます。家財道具は移動する生活のため多くはありません。生きていく上で必要なものについて考えさせられます。質素ですが、家族が仲良く、助け合って暮らしている遊牧生活に触れ、モンゴルがどんどん好きになっていったのです。