吾輩は骨細胞である    
    
松尾 哲 
           《 筆者紹介 》
まつお てつ

福岡県大牟田市生まれ
1978年島根大卒業。マルホ株式会社の営業、
製造、研究所、開発を経て、
現在、青梅市の日本ユニバーサル薬品(株)の
品質管理責任者
 

 吾輩は骨細胞である。またの名を“Osteocyte”ともいう。どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。何でも骨表面をうろついていた事だけは記憶している。骨基質に埋もれたころは寂しかった。洞窟のような個室から外に出ることが出来ないと分ったときには閉塞感に悩んだ。しかし、その悩みは近隣の住人との会話で次第に癒されていった。骨細管を通して四方八方の住人の会話を聞いていると、さながら交響曲を聞いているようである。次第に、曲の意味が理解できるようになった。体液中のカルシウムイオン濃度の調節を促すように響くのが主旋律である。メカニカルストレスの重低音を聞き分け、お隣さんと協調しながら美しい石灰化前線を作り出すのも、まだ若手の吾輩の大切な仕事である。かくして吾輩は一人前の骨細胞としての日々を送っていた。

 ある日のこと、吾輩の住居にコラゲナーゼ(collagenase)やEDTAが浴びせられ、あっという間に解体され、虚空に放り出された。「徳は孤ならず、必ず隣あり」を信条にしている吾輩は必死に手を伸ばし、数個の仲間と手を繋ぐことが出来た。培養 dishの底にへばりついた吾輩を位相差顕微鏡で眺めながら、K教授が「星型の美しい細胞だね」と傍のM研究員に話していた。そのうち、仲間達とギャップ結合を介して、今後の行く末についての相談が始まったころ、H講師が吾輩の隣の友に注射針を刺し、蛍光物質を注入しているのが見えた。すぐに吾輩にもその苦い物資が流れ込んできた。ACASという装置でその様子が映し出されると、「細胞間コミュニケーション能が確認できたぞ」とH講師が呟いている声が聞こえた。

 こうやって5日程経ったころ、情報交換をしながら助け合ってきた、仲間の群れ(cluster)の周辺部にいた吾輩に変化が現れてきた。星型の整った大人の顔が、次第に丸みを帯びた幼児の顔に変貌してきたのである。そして、どこからか「生めよ、殖えよ、地に満てよ」という声が聞こえてきた。その声に誘われ、仲間と袂を分かち、広い培養dishの中を遊走してしばらくすると、吾輩の中から新しい生命が分裂してきた。分裂を繰り返すうちに、いつかどこかで経験したことのある気持ちが蘇ってきた。幼いころに呼ばれていた骨芽細胞(osteoblast)という名前をはっきりと思い出した。今まで影を潜めていたアルカリホスファターゼ(ALP)という酵素が産生されてきた。そしてまたまた、段々と友がひしめき合ってきた。ひしめきの密度の高いところには結節(nodule)が形成され、石灰化が起こってきた。その中に埋まり、大人の分別を次第に取り戻した吾輩は呟くのであった。


 「吾輩は骨細胞である」。

 追記:科学映画「OSTEOCYTE」を観たのだが、分離骨細胞同士がギャップ結合を介して必死に繋がろうとする映像に感銘を受けた。そして、不意に、幼き日に川で溺れている私を父が、それこそ懸命に潜って救い上げてくれたときのことが思い出された。「神は細部(ディテール)に宿る」という言葉があるが、ミクロの世界の生命現象の真剣さ、必死さには人間の心の根底を揺さぶるものが含まれているようである。

 亡き父の声は風なり桜散る 愚風