コラム 健康づくりを骨から始めましょう
 
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このコーナーは各界でご活躍の方々にお願いしております。
7月
その1 長谷川 省朗 「骨は固く、頭は柔らかく」
その2 増田 屯 「酒と私」
   
五十音順

その1 骨は固く、頭は柔らかく 〜長谷川 省朗〜

桑子氏近影はせがわ せいろう

1961年 大阪大学工学部卒業、電気工学および原子力工学専攻。
松下電器産業(株)に入社し、中央研究所にて放射線計測などの産業用電子機器の開発に従事。
情報機器関連の事業部門に移り、パソコン開発設計の技術責任者として米国ベンチャー企業との新規事業開発プロジェクトにも参画。
現在は松下技術情報サービス(株)の調査役(非常勤)として、情報・通信関連の特許調査に携わりながら技術トレンドをウオッチ。
趣味はテニスとゴルフ、写真は大阪駅近くのテニスクラブから見た高層ビル街で。
不思議なことに大阪の真ん中にまだこんなスポットが残っている。

 私が社会人になったのは、日本が戦後の荒廃から立ち直り、高度成長期が始まろうとしていた頃です。20世紀後半は多くの発明・発見が生まれ、医学や科学技術が飛躍的に進歩した時代でした。例えば、ペニシリンの発見で日本人の平均寿命が30歳も延び、トランジスタの発明が音楽や映像も楽しめるパソコンを実現しました。ニュージャージーの森に囲まれた有名なベル研究所を訪れたことがありますが、1947年にこのベル研でウィリアム・ショックレー博士らがトランジスタを発明しました。この半導体と称する画期的な技術は、わずか50年後に、4,200万個ものトランジスタを搭載したマイクロプロセッサという小さなシリコン・チップ上の巨大なシステムに発展し、今ではパソコンの頭脳として家庭でも使われるようになったのです。

 他の分野でも、NHKの「プロジェクトX」で紹介されたように、技術者の夢と苦闘を描いた感動的な物語がいくつも生まれました。幸運にもこのような技術進歩の速い時代に巡り合わせ、これからも発展を続けるエレクトロニクスの行方を垣間見ることができるとすれば、正に技術者冥利に尽きると云うものです。

 そのためにも、平均寿命80歳時代を迎え、心身ともに健康でなければなりません。人は年をとるにつれて骨は脆く、頭は固くなるものですが、いくつになっても生きいきと活躍しておられる方も少なくありません。「骨は固く、頭を柔らかく」保つ健康法が何かあるのでしょうか。昔から音楽は「魂の薬」と云われており、また、最近では脳研究の第一人者である川島隆太教授は計算と音読による脳の活性化を提唱しています。私はパソコンに向かって仕事をする機会が多いので、パソコンで音楽を聴くことにしています。確かによい音楽を聴くと心地よい気分になり、「歌は世につれ、人につれ」の喩えどおり、その曲を聴くと忘れかけていた昔の情景が鮮やかに甦ってきます。

 例えば、唱歌「故郷」や吉永小百合のデュエット曲「いつでも夢を」を聴くと、郷里の小浜で「兎を追い小鮒を釣って」遊び暮らした少年期や、多くの先輩・友人と寮生活を送りながら技術の道を志した青春時代に一気にタイムスリップします。時は流れ、国際線の機内に流れていたリチャード・クレイダーマンの「午後の旅立ち」を耳にすると、ベンチャー企業が活躍するシリコン・バレーの青い空が目に浮かんできます。このような過ぎ去った出来事が、息子が小学校低学年の頃に口ずさんでいた「大きな古時計」のメロディに重なると、いつの頃からか目頭がジーンと曇るようになりました。フランク・シナトラの「マイ・ウエイ」や美空ひばりの「川の流れのように」が聴く者の魂を揺さぶるのも、様々な想い出が胸に去来するからでしょう。これらの曲と対照的なのは、杉本竜一のNHK「生きもの地球紀行」のテーマ曲「Believe」です。子供たちが未来を信じて生きる心が伝わってきて、明日への希望が湧いてきます。

 幸い頭は柔らかくても、丈夫な骨とこれを支える筋力の強化も必要です。スキーで有名な三浦敬三さんは毎朝独自の体操を欠かさず、健康の秘訣は「感動する心と夢を持つこと」だそうです。また、関西が生んだ巨匠・朝比奈隆さんのコンサートによく行きましたが、名演奏は勿論のこと、その生き方や仕事ぶりに感銘したからです。リハーサルといえども座ったりせず、メモがいっぱい書き込まれた楽譜が何冊もあるそうです。朝比奈さんの凛とした姿は、心身ともにバックボーンがピシッと通った骨太の明治生まれを象徴しているかのようでした。

 以来、私はいつも意識して背筋をしゃんと伸ばし、朝夕のストレッチ体操を欠かしません。そして、テニスの名手でもありました恩師の吹田徳雄先生から手ほどきを受けたお陰で、今もテニスクラブで足腰を鍛えることが私の健康法になっています。さらに、骨の健康づくりにも効果があるのではないかと密かに期待しているのが、3年前から毎日食べている自家製のカスピ海ヨーグルトです。

 これからも、本コラムの多くの方々の示唆に富んだ体験を参考にして、骨の健康づくりに努めたいと思います。

その1その2
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その2  酒と私 〜増田 屯〜

桑子氏近影ますだ たむろ
明海大学名誉教授。
身長163cm、体重54kg、頭髪が乏しく老眼だが、生来近眼なので眼鏡を2〜3個
持っている。好きな読書も眼が不自由(白内障にかかっているらしい)で疲れるので、
本を読む機会が少なくなり困っている。
その分、ウォーキングに時間を使い、数人の友人と埼玉の歴史を訪ね「故郷を知る会」
などと大げさな看板を掲げて歩き回っているが、この会はこれ以上人を増やさないよ
うにしている。

 平均寿命が80歳以上の日本では喜寿ぐらいで長寿というのはおこがましいが、私の生まれた時代の常識からすれば長生きの方で、また体調も良いので、私にとって何がその秘訣だろうかと考えてみた。2〜3思い当たるが、結論は「酒」だろうとなった。ここで酒と言ってもアルコール飲料の全てを指すのである。古来、酒の功罪については議論され尽くしているが、私は私の個体と酒の合性について少し述べてみたい。

 私は生来の酒好きである。しかし一人で飲むのは好きではない。深刻がったり、ほくそ笑んだりするためには飲まない。酒は多くの人と飲むのが好きだ。友人や知人、若い人たちと飲みながら、自由気ままに話したり歌ったりして楽しく騒ぐのが良い。酒はさしつさされつしながら飲むことで美味しさが増してくる。従って私は人と飲む機会を持つのである。飲む機会が来ればトコトン飲む。それで身も心も満足し5〜6日は酒を飲む気がしなくなるし、体も受け付けなくなる。つまり休肝期が自然にやってくる仕掛けになっている。期間が過ぎるとまた酒が飲みたくなる。そうなると友人を誘うこともあり、タイミングよく誘われたり、宴会があったりする。そして再び休肝期となる。これが私の酒を飲むパターンなのである。

 酒を大量に飲むと大抵の人は翌日の食事が拙くて敬遠しがちなのだが、どうしたことか私は食欲がモリモリ涌いてきて、翌朝の食事がとても美味しく、何でもドンドン胃袋に入って人の2倍以上の朝食をとる。昼食のほうも同様なので周囲の人があきれてしまう。

 その上、私にとって酒はやはり薬でもある。通常の風邪や腹痛は酒を飲むことで治ってしまう。この時は仕方なく一人で飲むことがあるが、よく酒好きの友人に「体の内部をアルコール消毒しようよ」と変な口実を設けて誘ったりする。この口実がいつの間にか合言葉になっていて、逆に誘われたりする。かくして、思い切り飲むと体調も恢復して不快な症状も消散するから不思議である。

 このように酒との付き合いで80歳近くまで生きているが、ここ毎年1〜2回行われる健康診断によると、GOT:26〜28、GPT:20〜25、γ・GTP:19〜21と基準値内にあり、その他の値もほぼ基準値を示していて、酒飲みにありがちな危険信号は出ていない。一時、ビールの飲みすぎで尿酸値が7.0を超えたことがあり、ビールを制限したため、現在では4.0以下に下がっている。

 以上、酒と私の関わりを述べたが、あくまでも個人的なものであり、他人に押し付けるものではない。

その1その2
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