コラム
健康づくりを骨から始めましょう
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このコーナーは各界でご活躍の方々にお願いしております。
12月
その1 荒瀬 浩水 楽しく、一生懸命!
その2 鳥居 あゆみ 健康法としてのバイク
その3 平井 保 私が気をつけていること
その4 土産田 照夫 たかが屁されど屁
   
五十音順

その1 楽しく、一生懸命   〜荒瀬 浩水〜

著者近影あらせ ひろみ

1948年 兵庫県生まれ。
ヘルバ予防医学研究会の勧告する「健康プログラム」を永年愛用、実践されており、その健康アドバイザーとしても活動しておられる。

 今日も、秋らしくなってきている山や、透き通る、空の青さや、雲の流れ等、私の周囲にある自然を見てきれい、と、心から感じ、何を食べてもおいしく、朝から鼻歌が出る毎日です。−元気になりました。−「元気」とか、「健康」、「楽しい毎日」等には、全く縁の無い私でした。ここ10年くらい前までは。

 仮死状態で生まれました。母も体が悪く、母乳が出ない為、山羊のおちちで育ち、食も細く、好き嫌いも多く、小さかった(身長もなかなか伸びませんせでした。)私に、いつも母が「病の問屋さん」とあだ名のように言われていました。

 学校へ行っても、体力が無い為、いつも一歩も二歩も出遅れて、協調性が全く無い学生時代です。社会人になると、見るもの、会う人、全てがストレスになり、体に鉛が入っているような辛さです。出来る事なら、頭の先から足の先までの内臓を全部出して、洗濯機できれいに洗い、太陽の下でしっかり干して、すっきりきれいにしたい−と何度思ったか分かりません。
 
 おまけに、40代位からは、足首に、昔、奴隷がつけていたような鉄の玉が重くブラブラとぶら下がっている疲労感がプラスされてきたのです。病院へ行っても、はっきりしたことは分かりません。ただ、お薬が次々と変わるたびに増えてくるだけです。

 私も何とか何とかと、何かないのかしら・・・と不安ばかりで、昨日は針治療、今日は整体、カイロプラティック、気の流れを調節してもらい、明日は病院・・・と明け暮れても、こんな忙しい毎日を過ごしているのに、不思議に顔だけはそんな辛さが出ていないので、周囲からは「いつも元気そうね」と方をたたかれるので、私は、しっかり頑張らなくては、怠けてはいけないと、ごまかしごまかしの毎日でした。が、本音は、健康になりたい!元気になりたい!と泣き叫びたい日々でした。

 すっきり元気になるにはどうすれば良いのか?どうしてこんな辛い状態が続くのか?お薬で本当に健康になれるのかしら?・・・等?マークで頭の中がいっぱいの何年間−いろいろな情報に振り回されている間に、黄疸、神経性胃潰瘍になってしまいました。こんな私を見かねて、知人が「自分で1度、体のことや病気の本当の原因は何かを勉強してみると、貴女の悩みも少しは楽になると思うよ−」とのアドバイスがあり、重い体を上げてみました。

著者近影  色々なアドバイスや体のシステムのことを学んでみると、今まで私が苦しく辛い思いをしていたことは、自分自身の体がSOSサインを「これでも分からないのか、これでもか・・・」と、出していてくれたことを知ったのです。体に対してや、健康になることの無知さ加減が、はっきり1つづつ分かってきました。と同時に、体は正直に、薄紙をはがすように、ゆっくりゆっくりですが、信じられないくらい元気になりました。

 そのサインを、じゃあどうしたのかと言うと簡単なことでした。ライフスタイルを少し見直しながら、生命体(私自身の体)に必要な栄養素の「種類」・「量」・「質」・「バランス」等(栄養素は単一成分では、吸収もその働きもできない質性を持っている為)が、きちんとプログラムされている栄養食品(サプリメントではなく)を摂りました。栄養素を体内に入れると、体はきちんと栄養にしてくれて、ホルモン・酵素・抗体を作ってくれ、骨・筋肉を作り、脳や内臓に働きかけて、しっかり健康を作ってくれます。

 1番大切なことは、自分の体に興味を持って、些細なSOSも見逃さないこと、そして、いつも大好きな自分であること。
  また、今の私が誰かのお役にたてる自身でありたいと、つくづく思いながら、これからも、1日1日一生懸命楽しく生きていきたいと思っています。

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その2 健康法としてのバイク 〜鳥居 あゆみ〜

著者近影鳥居 あゆみ

バイクは、大学卒業後に乗り始める。
 骨と骨の細胞に関する映画の製作スタッフの一人として、久米川先生と作業を続けてきた。
現在ヨネ・プロダクション勤務  

 私はバイクに乗るのが好きである。
通勤の足として、もう20年近くバイクに乗っている。終電に間に合うかどうか、という仕事の内容で、都内に勤め先がある場合、駐車場の心配も無く、たいへんに便利なのである。
同じ理由では、自転車という選択肢もあるのだが、片道25km以上なので、やはりバイクということになってしまった。
もちろん、渋滞の道は、走りにくいし、スピードも落ちる。それでも自分で操 っているという感覚と、パワーは素晴らしく魅力的なのである。
世界選手権 バイクと言うと眉をひそめる人も多いかと思うのだが、みなが暴走族ということではない。

  私に関して言えば、スポーツとしてトライアルという競技もやっている。スピードを競うのではなく、バイク操作を競う競技である。簡単に言うと、障害物競走のようなものであるが、他の人とは一緒には走らない。一人、「セクション」という高低差や障害のある短いコースに入って、いかに足をつかずに抜けられるか、というものである。スタジアムなど屋内でも行われているけれども、もともとは、イギリスで自然の地形を利用した腕自慢大会が発祥元だと言われている。

世界チャンピオン   バイクはバランスの乗り物、走っている時は自転車と同じでバランスを取りやすいが、止まっている時、低速の時には、それが非常に厳しくなる。
しかし、この時に<曲がる>、<止まる>などの基本操作ができなければ、公道で安全に、確実に乗ることはできない。
このような基本的な操作を習得するのにトライアルは非常に向いているのである。

 私が都内の通勤に使っているバイクは、オフロードタイプと言われるモデルで、悪路走行が可能なように、エンジン地上高を高くしている関係上、シート高が非常に高い。つまり足がほとんど地面につかない。片足のつま先がやっとである。

  このようなバイクで今まで都内を安全に早く走ってこれたのは、やはりトライアルの練習が生きていると実感している。(ちなみに免許証はゴールド2枚め)
又、あまり身体が丈夫な方ではないのだが、バイクの振動や、バランスを取ろうとする無意識の感覚によってか、今まで思い返すとずいぶんと元気にしてもらったような気がしている。
競技に熱中していた頃は、知らない間に背筋がついていて、測定したところ120kgもあった。背骨や、腰等を痛めるのは、その周りの筋肉の衰えにも原因があると言われているが、今のところ、そのようなことも無く過ごしている。

 そんな私に、最近うれしい(困った?)ことがある。
片道25km以上の距離にあった勤め先が昨年、片道たった2kmの近所に引っ越してきたのである。近頃は皮下脂肪なども気になってきている。 新たな生活習慣を身に付けないといけないと思いながら、ついついバイクに乗ってしまう今日この頃である。

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その3 私が気をつけていること  〜平井 保〜

著者近影ひらい たもつ

1936年 神戸で生まれる。
1959年 神戸大学経営学部卒業。
      富士写真フイルム(株)入社。
1997年 富士写真フイルム(株)退職。
現在は、生涯学習セルフ・カウンセリング学会 指導会員。
趣味はゴルフ、コーラス、美術鑑賞と多彩でおられる。

1.朝起きると、まず、真向法など、ストレッチ体操をします。

2.歯磨きは朝晩2回します。夜は歯間ブラシを使い、少し丁寧にしています。
  3年程前から歯槽膿漏の傾向があり、歯科医の指導を受けました。

3.朝食の前に、野菜ジュース(市販のもの)とビタミンEC(一包2g)を飲みます。
  単身赴任をしている時に、野菜不足を補う目的で始めたのですが、今も続け ています。

4.血糖値が少し高い(Hb−A1c 6.2)ので、主治医の処方で、毎食前、スターシス錠90mgを服用します。

5.食事は家内まかせですが、魚と野菜中心の献立を、心がけているようです (肉類は、2回/週程度)。朝はパン食で、ヨーグルトを必ず食べます。

6.数年前、体重が80kgを超えました。減量し、今は70kg程度です(身長164cm)。
  減量は主として、飲酒の回数と量の削減でしました。現在はウィスキーの水割りを週2回、シングル2杯程度です。

7.煙草は10年前に止めました。

8.運動はウオ−キングを週4回程度(20分/回)。ゴルフの練習場に2回/月程度(2籠/回)。ゴルフコースへは1回/2ヶ月程度行きます。
  数年前、人間ドック(毎年1回、受けています)で心房不整脈を発見され、それ以来、水泳など激しい運動は止めました。現在、不整脈は安定した状態ですが、 主治医の処方で、ジゴキシンKY錠0.25mgを毎日服用しています。

9.就寝は夜11時30分、起床は朝7時30分です(夜中、トイレに行きたくなり、1回、 目が覚めます)。尚、自宅にいる時は20分程度昼寝をします。

10.50歳を過ぎたころに難聴(老人性〜現在67歳ですが)になり、補聴器を使用しています。1度/2年程度、補聴器メーカーで聴力検査を受けています(人間ドックでも簡単な検査があります)。

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その4 たかが屁されど屁 〜土産田 照夫〜

著者近影みやげだ てるお

学校法人東日本学園「北海道医療大学」常務理事
1940年  東京で生まれる
1964年  法政大学文学部卒業
1972年  勤務先「北海道医療大学」創設準備のため来道。 開学したら東京へ帰るつもりが、魅せられて早や30年経過、「薬学部、歯学部、看護福祉学部、心理科学部」の4学部 6学科の設置に参画し医療系総合大学化。 3年前に札幌市内に墓を取得、北海道の土になる予定 

 年甲斐もなく62歳にして「急性虫垂炎」で初めての手術を受ける。
総合図書館前の著者
  かって、女性が嫁ぐ前に済ませておく例え話に「盲腸」が入るくらい若い人の病気と思っていました。周囲からは若いねーと冷やかされ、因みに60歳以上の発症率は古いデータかもしれませんが0.2〜1.0%と云われてるようだ。


 ことの起こりは、本年1月中旬、地元・地方自治体の町長さん達との懇親会の盛り上がった時間帯に、突然の激しい腹痛に見舞われる。脂汗が流れるほどの痛みに耐えられず、失礼を詫びて席を立ち、札幌すすき野から自宅までタクシーで僅か20分の距離を1時間もかかっているような感じで帰宅した。

 恐らく食あたりだろう程度の認識ですから、正露丸と胃腸薬を併用し、明日の朝になれば良くなるだろうと布団に入るが、夜中になっても治まらず。心配した家族が札幌医師会急病センターに運んでくれた。診断結果は「急性虫垂炎」の疑い、早急に専門医の診断を受けるよう指示される。

 翌朝になって、先ずは検査で、それから入院の手続きだろうと高をくくって、鎮痛剤が効いてる内にと自ら運転し、専門病院の診断を受けることになった。専門医の診断はズバリ急性虫垂炎で即刻入院・即刻手術となり、素人判断が危険であることを痛感する。 全身麻酔から醒め、腹膜炎寸前だったことを聞かされ、無事に手術を終えたことに心から感謝する。

 さて、術後の確認は、屁の話になる。屁は腸の中のガス、無力なものの例え、軽く見て問題にしないとあるくらい、どうでもいい程度のもの。ところが虫垂炎の術後は胃腸機能は正常か、屁が出たか否かは重大な確認行為になることは周知のとおり。

 医師と看護師による術後のアフターケアが始まる。傷口の出血確認、脈拍、血圧、尿量、体温、血液生化学、X線検査、抗生物質投与など術後1日目から2日目と回数は変化するが、一日当たり医師は2回、看護師は8回程度の手厚い対面ケアを受けることになり、医師と同様に看護師の重大な役割を再認識する。

 顔を会わせるたびに両者からは屁(おなら、ガス、)は出ましたか、先ずは確認調で始まる。その都度、首を横に振って、「ありません・まだです」。2日目に入ると「まだですか」と催促調に聞こえる。当事者も困惑顔で「出ないんですよ・まだなんです」。何か悪いことでもしてるような感じを受ける。

 やがて、訊問調に変化する「身体を動かしていますか」「リハビリかねて歩行訓練しましょう」「便意は」「水分はとっていますか」「食事は全部食べてますか」「睡眠は」。 どうも普通の人よりも屁が出るのが遅いらしい。余計なお世話だと思いながらも、もし出なかったらどうなるのか、手術は成功したとは云うけれど、本当はどうなんだ。一抹の不安が頭をよぎり、焦燥感に駆られる。

 期待に応えて何とか早く屁を出す努力を始める。少し身体を動かそう、痛みをこらえてベットの中で、右に左に腰を浮かしたり、2日目からは4階の病棟から1階の売店までエレベターなしの歩行訓練、病院食以外に牛乳や野菜ジュースを無理に飲んだり、下腹部をさすったり。

 こうして、努力の結果を反映してか、屁の第一声は2日目深夜の午前零時に近い夜中になってから。これだけ期待された屁だから、心地よい屁と思いきや何とも云いようのない、空かしたような粗末な屁が出た。
 屁によって、手術の成功と健康であることを実感する。キャンパス玄関前の著者

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