1月

その1 岩坪 五郎 年寄りの屁は臭い
その2 大束 百合子 ほね・骨・BONE
その3 久保美智代 優しい気持ちで深呼吸   
  「年寄りの屁は臭い」             岩坪 五郎    
   
著者近影

いわつぼごろう

5年前京都大学(農学部)を定年退職、本年3月近畿大学(農学部)を退職
現在家事に専念。
在学時の専攻は森林生態学。
京都大学学士山岳会会員として1960年アフガニスタンの最高峰/シャーク(7495m)に初登頂。他に6回ヒマラヤ遠征隊に参加。

 

 

 大学に在職中、私は森林生態系における物質循環の研究をしていた。その一環として、あちこちの森林から流れ出す川の水質の比較をした。その結果,隣り合っていて、降水や土壌などの環境条件がほぼ同じ森林のばあい、植林後5年とか10年といった若い森林からの流出水のほうが100年を超えるような亭亭たる樹木からなる古い森林からの流出水より、窒素濃度(主に硝酸態窒素)が低いのである。一般に古い立派な森林は、清冽な水を供給すると信じられていたから、その逆の現象であった。

 しかし、考えてみれば当然のことである。かつその現象は人間にも当てはまる。すなわち若い森林、若い人間は現在成長中である。一方、古い森林はもう成長つまり人間で言えば体重の増加はしていない。成長中、体重増加中の生物は窒素、リン、カリなどの養分を吸収、固定していくけれど、高齢林、高齢者は収支がバランスしているのである。

 人間については、明治初年、政府が東京農学校(東大農学部の前身)に招聘したドイツのケルネル博士がすでに調査・報告していた。東京でそれぞれの家庭の収入とその家庭の出す糞尿の窒素含有率とには正の相関がある。肥料としていちばんよい、つまり窒素含有率の高いのは金持ちのご隠居のもので、その逆は妊産婦、赤ん坊であるとしている。

 これらより、「年寄りの屁は臭い」を考察すると、体重増加よりむしろ減少中で、キャビアや唐墨、フォアグラなどを多食し、かつ運動、労働をしない人の糞尿、屁の窒素含有率は高く、スカトール・インドールなどの含有率も高いので臭い、ということになる。

 
  「ほね・骨・BONE               大束百合子    
   

おおつかゆりこ

1919年東京生まれ。
津田英学塾(旧制専門学校)、東京大学(旧制)文学部卒業。言語学専攻。
東京大学文学部助手。東京理科大学専任講師、助教授。ロンドン大学研修。
津田塾大学助教授、教授。同学長。
明海大学副学長、外国語学部教授を経て、同学長。
1999年退職。
現在、杉並区文化・交流協会理事長、その他非常勤、ボランティア的事業に参加。

 

 
 Mr.Bone 久米川先生の御定年記念にCD-ROM「BONEに魅せられて」を頂戴して、生きている「ほね」の中のミクロの世界のドラマに、私も全くの門外漢ながらそれなりに大いに魅せられました。考えて見ると、私たちは余程の大怪我でもしない限り、生きている「ほね」の外観すら見る機会などないのです。「ほね」と言えばとかく「化石」と同列に考えがちな無知な私たちにとって、生きている「ほね」の中身の映像は、全く新鮮な驚きでした。

 それとはまた対極にある驚きを「骨」について経験したことがあります。この場合、「骨」は「ほね」でもあり、「(お)こつ」でもありました。私たちの三代、四代前の先祖たちは、亡くなると木の棺に納められて土葬されることが多かったのですが、数年前、先祖の菩提寺の地所が区画整理に引っかかり、墓所が取壊されることになりました。そこで「ご先祖様」の遺骨の移転、改葬ということになり、ひとを頼んでおっかなびっくり掘り返して見ると、ミイラはおろか、骸骨も木棺の破片すらなく、小指の先ほどの骨らしき小片が出たのみでした。関東ローム層は、数十年で骨も木材も融かしてしまうのだそうで、文字通り我々は死んで「土に返る」と言うことを実感しました。そこで先祖たちの遺体のあったと思しきあたりの土を少しずつ木箱に入れて持ち帰り、他の墓所に埋葬しなおしました。 

  ところで、私たち老年者、とくに女性は、骨粗しょう症を疑われて、カルシウムの吸収を助ける薬を処方されたりするのですが、数ヶ月前、かかりつけの先生のところで骨密度を測定していただいたところ、看護師さんが 「わーすごい、新記録で―す」と素ッ頓狂な声をあげたのです。聞けば私の骨密度は161%とのことです。「100までない人が沢山いるんですよ」とは先生のお話。即刻カルシウム吸収のためのお薬は止めになりました。

 そう言えば二三年前のこと、新宿駅西口の地下通路を急いでいた時、靴の爪先が何かにひっかかって、スッテンコロリと見事に転びました。そばを通りかかった人がびっくりして「あっ、危ない、大丈夫ですか」と声をかけてくれましたが、その言葉も終らないうちに、私が起上って「大丈夫です、すみません」と言いざま歩き出したので、呆気にとられていたようです。年寄りが目の前で転んだので、骨折ぐらいしたのでは、と思ったのでしょう。後で考えて見ると、何ともなく済んだのは丈夫な骨のお蔭だったようです。

 ホーム・ドクターに私の食生活について訊かれて、乳製品の割合が多いとお話しましたら、それがよいのでしょう、ということでした。牛乳、チーズ、ヨーグルトは毎日の食卓に上っています。砂糖の使用量が極端に少ないことも、何か影響があるのでしょうか。

 ところでBONEをローマ字読みにすると「ボネ」となりますが、これは言語学の術語で言うと「ホネ(骨)」の異形態とみることができます。例えば、「背骨」は*/se-hone/ではなくて/se-bone/となるように、同一の語彙がその出現の環境によって取る異なるカタチ、と言うことです。日本語のハ行音の子音については注目すべきことがありますが、今回は省略します。英語の'bone'と「ほね」の異形態としての/-bone/とは、全く偶然の一致で、本来的な関係はありません。こんな風に、異系統の異言語の間で、語形と意味が一致あるいは類似する場合があるのは面白いことです。
 
  優しい気持ちで深呼吸             久保美智代    
   

久保美智代 (くぼみちよ)

フリーアナウンサー、愛媛県出身、愛媛大学教育学部卒。
1995年愛媛朝日テレビ入杜、その後、独立。
<出演歴>
ニュースステーション・桜中継(ANB)、デンタルデータチャンネル(CS)、TV健康クリニック(TVK)など。
HPではこれまで訪れた世界遺産120ヵ所をオリジナル写真で紹介。

 

 
 私は、話をすることが大好きで、フリーアナウンサーをしています。ところが、ほんの半年前、突然、呼吸が苦しくなり、救急病院に駆け込む事態になってしまいました。
息を吸い込みすぎて息苦しくなる「過呼吸」になってしまったのです。医師には不安神経症と診断されました。原因ははっきりしていませんが、仕事や環境の変化などの様々なストレスだということです。健康診断ではいつも異状なしと言われてきた私ですが、心の異常にはまったく気づかなかったのです。

 そんなとき、友人の薦めで出合ったのが、「気功」でした。先生のアドバイスは、「力を抜くこと」。そう言われると、私は肩こりがひどく、時々重しをのせているように感じたことすらありました。いつしか力の抜き方を忘れていたのです。

 気功は、足を組んで静かに目を閉じて、ゆっくり呼吸することから始まります。はじめは頭の中でさまざまなことを考えて、逆に不安になったりもしましたが、続けていくとそれが心地よく、頭の中をすっきりさせるものだと分かってきました。
息を吐きながら、体の各部位をゆっくり大きく動かしていきます。普段、運動をしていないので、体のあちこちが「ポキッ!ポキッ!」と音を立てますが、固まった凝りがほぐれていくような気がして、とても気持ちがいいのです。

 ここから先は、その時々によって違いますが、「湖に映った真夜中の月」や、「モンゴルの高原を馬で駆ける姿」を想像し、そのイメージをふくらませながら何物にもとらわれない本来の自分を見つめていきます。まだ3ヵ月足らずですが、イライラすることが少なくなり、心に余裕をもてるようになったような気がします。

 最近、心の病気を患う人が増えているという報道を、よく耳にするようになりました。インターネットの普及などで世の中はめまぐるしく変化し、先の読めない時代になってきました。しかし、だからこそ、時代に振り回されることなく、自分のはやさで歩んでいくことが大切なのではないでしょうか。
疲れてきたら、少し立ち止まって「優しい気持ちで深呼吸」。これが私の健康法です。